Natural Hot Spring
「ビジネス湯治のすすめ」
監修
スーパーホテルぐっすり研究所顧問
大阪府立大学名誉教授医学博士 清水教永 先生
まずは「水」と「いのち」のお話から。
私たちの命は、水を欠かすことができません。からだの内と外は、皮膚が区切りの役割をし、からだの中では、細胞膜が細胞内液と細胞外液とを区切っています。この区切りが私たちの生命現象を保証する重要な役割を持っています。お風呂に入って、疲労から快復し癒やされる効果もこの区切りの機能がうまく働くお陰です。
生物は、原始時代の地球の海で誕生したと言われています。現在地球上に生きている生物のからだは、ほとんどが水です。地球上に生物が生まれたといわれる始生時代から古生代にかけての化石は、すべて海藻生物のものです。
現在の動物の体液の組成が海水と非常に似通っています。陸地に比べ海水中の方が温度、光、放射線などが穏やかで生き物の発生には適した条件であることが根拠になっています。
人体が営んでいる生命現象は、すべて体液を媒体として行われています。例えば、体内での物質の溶解と輸送、栄養素の消化吸収、分泌作用と排泄作用そして体温の調節などです。
ヒトは、陸に住む生物の中で、最も進化した種族とされています。生体を構成するそれぞれの細胞は、基本的に水に住む単細胞生物と同じなのです。そこには、細胞の生活の場である水が生きるための必須の要素なのです。つまり体液が私たちの代謝活動を活発にし生活の環境に適応させてくれるのです。
人体は体重の約2/3が水分です。この水分は、いろいろな塩類や栄養素を溶解し、血液や組織あるいは細胞の中に配分されて存在しています。これらの体内の水溶液を総称して体液といいます。
温泉の効果は科学的に検証されている。
入浴すると快適で、ほっとした気持ちになりますね。しかし、それだけではありません。入浴が人間のからだに、どんな影響を与えるのかを実際に実験してみた結果、健康やリラクセーションに大きな効果があることがわかりました。そう、温泉の効き目は科学が証明しているのです。
入浴によるリラクセーションや免疫は、分泌型ノグロブリンAを分析して検証します。唾液中に含まれる免疫抗体であるs-IgAは、口や消化管などの全身の粘液系を覆い粘膜で細菌などの外来異物を無毒化する役割を持ちます。
この量が増加することは、生体防御系である免疫系がストレスに対して1次的に反応していることを意味しています。
特に1990年代になり、精神免疫学の分野においてs-IgAがストレス反応の指標として利用されるようになりました。
入浴によって、このs-IgAが増加したことによって、疲労回復やストレスの解消あるいはリラクセーション効果が認められ、また体内の免疫が向上したことも明らかになりました。(図1)
ストレスや不健康な生活によって生じる活性酸素は、体内の蛋白質やアミノ酸を変性させ、体内の脂質を過酸化、核酸(DNAやRNAなど)を分解、酵素を失活など、細胞にダメージを与え疾病を引き起こす可能性があります。
さらに、活性酸素はがんや老化を引き起こす要因であるとも考えられています。
また近年、行動と生体内の活性酸素や抗酸化力に関する研究が数多く報告されています。入浴によって、抗酸化力がどのように変化するのかについて血中の抗酸化力を検証しました。
その結果、生体内の抗酸化力は、入浴1日経過から、向上することが明らかになりました。(図2)
免疫力が低い低体温の人は、入浴によってヒートショックプロテインが顕著に増加することが研究で明らかになってきました。ヒートショックプロテインは細胞の中にある蛋白質で、熱というストレスで増えることから熱ストレス蛋白質と呼ばれています。からだの皮膚や血液、内臓や酵素などは蛋白質から出来ていますが、疲労や紫外線、放射線といったストレスによりタンパク質は傷つけられています。ヒートショックプロテインは、場所や原因を選ばず傷ついたタンパク質を修復して元気な細胞にしてくれます。入浴によってヒートショックプロテインが増加して、免疫細胞が増え免疫力が強化され病気や痴呆の予防やストレスの障害からからだを守ることが出来ます。
温泉の正しい入浴法、10ヵ条。
温泉の効果は、医学的にも証明されていますが、入浴法を間違えると、反対に疲労を増加させたり、体調を崩したりすることもあります。温泉の効果を無駄にしないために、正しく安全な入浴法を理解しましょう。
1.入浴前に掛かり湯をする
入浴前の体表の汚れを落とすことと、温泉の泉質と温度にからだを慣らす役割があります。掛かり湯は、心臓より遠い足元から順に膝、腰、腹部、肩とからだの上肢のほうにかけていきます。
2.半身浴から全身浴へ
いきなり肩まで全身を浸かると、からだ全体に水圧がかかり、心臓や肺に負担がかかります。
最初は、横隔膜の高さまでゆっくり入り半身浴をします。高齢者や高血圧の人は、半身浴だけでも入浴の効果はあります。
3.温まったら、いったん浴槽から出る
汗がだらだら出始めたり、動悸がしたりするほどの入浴は、のぼせの原因になるので危険です。
のぼせを自覚したら、まず床か椅子に座って頭にぬれタオルをのせて気化熱を利用して頭を冷やしてください。
4.上がり湯はせずに皮膚に温泉成分を残す
浴槽から出るときにシャワーを浴びると、せっかくの皮膚の表面についた温泉の有効成分を洗い流してしまい温泉効果を無駄にしてしまいます。
5.湯上がり後は、からだをしっかり拭く
肌を濡れたままにしておくと、水滴が蒸発するときに体温が奪われて湯冷めをします。
急にからだが冷えないように、しっかりと水分を拭き取って体温を下げすぎないようにしましょう。
6.入浴前後は、水分補給を十分に
長時間の入浴で汗を多量にかくと、血液の粘度が高まり脳梗塞や心筋梗塞を起こしやすく大変危険です。
入浴前は、コップ1杯のお水を飲んで入浴後はコップ1~2杯の水分を摂取して安全な入浴に努めましょう。
7.入浴の際は、2人以上で
高齢者の方や既往症のある方は、必ず2人以上で入浴をしてください。
気分が悪くなったり事故の際の対策を講じるためです。特に夜間の1人での露天風呂は避けましょう。
8.高温浴よりぬるめの湯
急に熱いお湯に入ると交感神経が刺激され、血管が収縮して急激に血圧が上がるので高血圧の人は要注意です。また42℃以上の高温泉に入ると体温調節中枢にストレスを与え、入浴後に体温が下がりやすくなります。低温浴でゆっくり浸かることで体温調節機能も順応してからだ全体が温まります。
9.お酒を飲み過ぎたら入浴しない
アルコールは血管を拡張し、血圧を低下する作用があります。また、温泉に長時間浸かっていると温泉の温熱効果により血管拡張が起こり、急激な血圧低下で、脳貧血や不整脈が起こりやすくなります。
10.1日の入浴は、3回が限度
1日の入浴は、3回までで温泉効果が維持増進することが明らかになりました。
3回以上の入浴によって、体温リズムが崩れて、体熱が放射されずに熱疲労を起こしやすくなることが分かりました。
温泉の分類とそれぞれの効能。
温泉は含まれる成分や色、匂い、肌ざわりなどによって大きく10種類に分類ができます。ある泉質は保湿や殺菌作用に優れていたり、特定の疾患に効果があったり…気になるからだの不調に合わせて温泉を選ぶのも楽しいかもしれません。
分類 | 効能 |
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単純温泉 | 含まれる成分が単純だからという理由でなく、種類を問わず溶存成分が1kg中に1000mgに達しない、成分が薄い温泉で、温度が25℃以上を単純温泉と言います。日本では、一番多い温泉で、成分が希薄なだけにからだに与える刺激が少なく「中風の湯」「神経痛の湯」として古来名湯として親しまれています。 |
二酸化炭素泉 | 二酸化炭素が溶け込んだ温泉。炭酸ガスが無数に細かな泡となって肌にまとわりついて心地よい刺激が感じられ「泡の湯」「ラムネの湯」などと呼ばれています。炭酸ガスは末梢血管を拡張させる作用があるので、低温でも充分に温まり血圧降下と保温効果が高い温泉です。 |
炭酸水素温泉 | ナトリウムー炭酸水素塩泉と表記されます。お湯は肌をヌルヌルにする感触があり、入浴後は肌がスベスベなめらかになります。これは温泉が角質層を柔らかくし、表面の古い層を取り除き皮脂を落とす石けんと同じような効果を示し「美人の湯」と呼ばれるものの大半がこの泉質です。カルシウムー炭酸水素塩泉と表記されます。陽イオンのカルシウムやマグネシウムには鎮静効果や消炎作用があり皮膚病やアレルギー疾患に効果があることが知られています。 |
塩化物泉 | ナトリウムー塩化物泉と表記されます。塩味がするこの温泉は、海岸付近を中心にみられ国内では単純温泉に次いで多い温泉です。入浴後は肌に付着した塩分が汗の蒸発を防ぐので保温効果が高く、長くからだが温かく感じます。 |
硫酸塩泉 |
芒硝泉: ナトリウムー硫酸塩泉と表記されます。主に飲用に用いられ、胆汁の分泌を促進し肝臓病、胆嚢炎、便秘に効果があることが知られています。 石膏泉: カルシウムー硫酸塩泉と表記されます。浴用では、皮膚の弾性線維を引き締めて肌の張りと弾力を保つ働きがあるので「しわのばしの湯」とも呼ばれています。 正苦味泉: マグネシウムー硫酸塩泉と表記されます。飲むと苦みのある湯は「脳卒中の湯」と呼ばれ高血圧や動脈硬化の予防になるといわれています。 |
含鉄泉 | 鉄を主成分とする温泉です。湧出時は、無色透明で空気に触れると鉄分が酸化し、茶褐色に濁ります。透明の時に飲むと貧血に効果があります。 |
含よう素泉 | 平成26年に新たに加えられた温泉で、茶褐色を呈します。殺菌作用があるので、うがい薬などに利用されます。 |
硫黄泉 | 硫黄や硫化水素を主成分とします。湧出時には透明ですが、空気中の酸素に触れて酸化されて白く濁るものや湯ノ花が浮かぶものもあります。火山の周辺に多くみられ、皮膚病に効果があり、飲用では糖尿病、高コレステロール血症に効果があるといわれています。 |
酸性泉 | 水素イオンを多く含み、酸性の強い温泉です。殺菌力が強く肌に刺激があるので、皮膚病のうちでも水虫や湿疹、疥癬(かいせん)などに効果があるといわれています。 |
放射線泉 | 一般にラジウム泉と呼ばれている温泉で、主成分はラドンかトロン。入浴すれば湯気から成分を吸収し、呼吸器疾患に効果があるといわれています。最近では、低線量放射線ホルミシスのガンマー線が効果のあることが研究によって明らかにされ、湯治場として知られるようになってきました。 |
参考・引用文献
- 清水教永,安保徹:健康体温36.5度の生活術. 実業之日本社, 2010
- 佐々木政一:秘湯マニアの温泉療法専門医が教える心と体に効く温泉. 中央公論新社, 2018
- 万木良平:環境適応の生理衛生学, 朝倉書店, 1988
- アリソン・ジョリー:ヒトの行動の起源, ミネルヴァ書房, 1982
- 埴原和郎:人類進化学入門, 中央公論社, 1982